カナダ掲示板 (旅行) - No.267493
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近い将来2拠点生活考えてます。
(トロント) 2026-09-04 03:51:21リタイヤまであと10年ぐらいあるんですが、カナダと日本の半々の生活しようかなと考えてます。夏はここ、冬は日本みたいな感じですね。終わりの住まいは今考えてませんが、体が動かなくなりそうになったらその時考えようと思います。すでに2拠点生活しておられる先輩の方々の意見いただけたら、嬉しいです。嫁さんも結構乗り気です。
日本に残っている友人も相変わらず幸せなままだろうと思い込んでいそいそと再会したら、不幸になっていて、その後は疎遠になるパターンの話でしょう。
一時帰国して、昔の友人と、そいつは相変わらず幸せなままだろうと思い込んでいそいそと再会したら、不幸になっていて、その後は疎遠になるパターンの話でしょう。
その日本の不幸になってる昔の友人が、カナダから帰って来た昔の友人にわざわざ会うかな?その人が不幸なら昔の友人なんて会わないんじゃね?って話ですよ。
>日本に残っている友人も相変わらず幸せなままだろうと思い込んでいそいそと再会したら、不幸になっていて、その後は疎遠になるパターンの話でしょう。
その日本の友人はさ、カナダの友人と会うまでは不幸じゃなかったんだよ。
昔の友人と会って楽しくやりたいとか思って会いに出てくるわけ。
ところがカナダの友人が自分よりずっと成功してて途端に自分が惨めになっちゃうんだ。
比べちゃって嫉妬しちゃってさ。
それで疎遠になるんだよ。
そうですね、高校の同窓会と、同じ。同窓会に出るのはある程度成功した人たち。自慢しに行くために出席するんでしょ。底辺の不幸な人は行きませんよ。自分が惨めになるだけだから。
人生は平等じゃないんだよ。残念ながら、それが現実だ。
生まれた家も、才能も、容姿も、健康も、経済力も違う。誰だって何かしらのハンディを背負って生きている。
だから人生で問われるのは、「なぜ自分だけ」と他人と比べ続けることじゃない。自分に与えられた条件の中で、どうやって前に進むかだ。
人と比べたところで、自分の人生は1ミリも良くならない。
むしろ「みんな平等であるべきだ」という感覚を現実にまで持ち込んでしまうと、社会に出てから苦しくなる。
中国、韓国、日本では、学校でも社会でも、人と比較することで自分の位置を確認する傾向が強いように思う。偏差値、学校、会社、肩書、収入。「あいつより上、こいつより下」とやっている。
でも、そんな物差しだけを持ってカナダのような多様な社会に来たら、そりゃ苦しくなる。
そして、カナダで暮らしていて感じるもっと厳しい現実がある。
どうしようもない一部の人間は別として、大多数の人にとって、それまで何をしてきたかの積み重ねは、人生の後半になるほど重くなって返ってくる。
クレジットヒストリー、職歴、転職の経緯、仕事上の評判、資格、経験、実績、そして人からの信用。
若いうちは失敗してもやり直す時間がある。でも40歳、50歳、60歳と年齢を重ねれば、過去の積み重ねを短期間でひっくり返すのはどんどん難しくなる。
特に移民なら、最初の10年くらいはかなり重要だと思う。
言葉を覚える。仕事をする。信用をつくる。クレジットを育てる。経験を積む。人間関係をつくる。少しずつでも資産をつくる。
地味だけど、そういうことを10年間続けた人と、「社会が悪い」「会社が悪い」「自分は運が悪かった」と言いながら何もしなかった人との差は、後になればなるほど大きくなる。
しかもカナダは、次から次へと新しい人が入ってくる国だ。
自分が立ち止まっている間にも、若い人、新しい移民、能力のある人、必死に努力する人が入ってきて、一から積み上げ始める。
だから年を取ってからの挽回は、場合によっては日本以上に厳しい。
人と比べて落ち込んでいる暇があるなら、昨日の自分と比べればいい。
人生は平等じゃない。
だからこそ、自分に与えられたカードでどう戦うかを考えるしかない。
10年後に効いてくるのは、不満を言った回数じゃない。今日まで何を積み上げてきたかだ。
1003 適当こかないの。
勉強もよくできて素行も良くて模範学生みたいな真面目なタイプで、新卒で正社員の席を取るつもりだった学生が、どこにもひっかからない事に絶望して自殺した。
フリーターで適当こいている人間は、生真面目から程遠い気質で雑草のような生命力で、要領よく生き延びている。女のアパートに転がりこんで食べさせて貰ったり。
勉強よくできる生真面目学生は異性経験無しで消えていったけど。
1007は浅井君か或いは浅井の親戚かなぁ?長々と誰でも分かっている話を楽しそうに書き込んでいるけど、1008にさっそくつっこまれていて笑った。最近はもう同窓会すら開催されないのかな。まあどうでもいいか。
私の母校も少子化の影響を受けて小さくつまらない団体に成り下がってしまった。
1007 言葉は英語だろう?中学で三年間は最低でもやらされる。自分がサボっていたからと言って他人も皆そうだと思い込むなよ(笑)
1009
新卒時の「就活自殺」だけでなく、「正社員になれないまま20代後半〜30代を迎え、経済的困窮と社会的孤立の中で絶望して命を絶つ」というケースは、氷河期問題のより深刻な第2の波(長期的な爪痕)として社会問題化しました。
警察庁の自殺統計において、1990年代末から2000年代にかけて、単に学生の「就職失敗」だけでなく、20代・30代の無職者・非正規滞在者における「生活苦」「経済的理由」「将来への失望」を動機とする自殺者が大きく高止まりしました。
就職失敗で自殺したのもいたけど、統計だと数十人くらいの話。フリーターで食いつないで貧困や鬱で自殺したの数千人だからな。毎年の数字。
その世代の親世代は、「自殺した人は自業自得 自己責任論」大好きの世代だから、自分の子供が自殺しても理屈としては整合性取れたんだよ。自分の子供を取り巻く未曾有の環境なんて大して気にならないの。
1017 当時既に、日本人ではない人たちがバンバン政治家になっていたしね。日本人が憎くて憎くてたまらない人とか、日本人のことは虫けらのごとく定義していた人とか。
「サラリーマンになれなかったら人生失格だ」って、自分で勝手に人生の合格条件を一つに決めてしまった。
でも、生き方なんていくらでもある。
会社員になれなくても、自営業でも、職人でも、アルバイトでも、海外に出てもいい。遠回りしたっていい。
だから、何もかも国や社会のせいにするのは違うと思う。
もちろん社会の問題はある。でも、自分の価値をたった一つの物差しで測って、「これができなければ人生は終わり」と思い込んでしまうことまで、全部社会の責任にはできない。
むしろ大切なのは、人生には逃げ道も迂回路も、やり直す道もたくさんあると知ることだと思う。
「この道しかない」と思い込んだ瞬間、人はものすごく追い詰められる。
誰かが必ず救ってくれるわけじゃない。
だからこそ、一本道が塞がれたら別の道を探す力を持たないといけない。
人生は、一つの失敗だけで失格になるようにはできていない。
